「自分で歩きたい!」 子どもの自分歩きを尊重するメリット

子育て全般

こんにちは。めぐです♪

ひとりで歩けるようになった子どもが、抱っこやベビーカーを嫌がり「自分で歩く!」と主張するのはよくあることですよね。

私たちの長男も歩くことが大好きで、抱っこをしていてもすぐに「あるく!」と言って降りたがるため、徒歩でのお出掛けはいつも自分の歩きの5倍くらいの所要時間を見越して出発します。

時間に余裕があるときはいいのですが、忙しかったり予定の時間に遅れそうなときは「自分で歩く!」と主張を曲げない子どもについイライラしてしまうこともありますよね。

今日はそんなお母さんたちのイライラを少しでも和らげるため、子どもが自分で歩きたがる理由や、自分で歩きたい気持ちを尊重することで生まれるメリットを、脳科学の観点からご紹介します。

脳は能動的な行動によって強く活性化される

ネズミのヒゲに物がふれたときの脳の活動を調べた研究によって、ネズミが自ら積極的にさわりに行ったときは、強制的にふれさせられたときに比べ、約10倍強い脳の反応を引き起こすことが明らかとなりました。

このように、脳には能動的な行動によってより強く活性化されるという性質があります。

この性質は人間の脳でも共通しており、人間にとって能動的に動いたときの快感は、受動的な行動よりもずっと強いものであることがわかっています。

子どもが自分で歩きたがるのは、ベビーカーや抱っこ(=受動的な行動)より、自分の足で歩く(=能動的な行動)方が、脳が活性化して刺激や快感を強く感じるからなんですね。

子どもが「自分で歩く!」といって聞かないときも、「この子はいま脳を活性化させているんだな」と思えば少しは気持ちが楽になったりしないでしょうか?

積極的な視覚経験が”見る”力を形成する

近くにあるものほど大きく見え、遠くにあるものは小さく見える…―私たちが当たり前のように感じるこの見え方は、実はまったく当たり前ではありません。

目が見えずに幼少期を過ごし、大人になってから開眼手術によってはじめて「光」を感じた人は「遠くにあるものが小さく見える」ことに驚くそうです。

たとえば、地平線へ延びる道も目の前にそびえたつ鉄塔も写真で見るとおなじ三角形ですが、私たちの脳は無意識にそれらを「遠近」と「高低」の別々のものとして認識します。目が見えなかった人ははじめ、「遠近」と「高低」を区別できないことから、この能力は生まれつきではなく”視覚経験”によって培われることがわかります。

私たち目の網膜は、カメラのフィルムと同じ2次元平面で奥行きの情報がありません。そのため脳は、網膜に写し出された2次元情報から私たちの体感している3次元世界を復元します。その復元作業は「近づくとどんどん大きくなる」という過去の経験に基づいて行われるため、環境を動きまわって感じとった体験がないと、網膜の2次元情報を正しく解釈することができません。

つまり、見えるから移動できるのではなく、移動するから”見える”ようになるのです。

別の研究では、ゴンドラに乗せられて受動的な空間移動の経験しかないネコでは、遠近感覚などの3次元世界を”見る”能力がないことがわかっています。受動的な視覚刺激は”視覚経験”としての効果がないということです。

自分の足で積極的に環境を移動することによって得る視覚経験が”見る”力を形成するのです

適切な視覚経験は乳幼児期におこなうことが必須であり、大人になってから”見る”能力を獲得することはほぼ不可能とされています。

ですので、子どものころに自分の足で歩いて得た視覚経験は、”見る”力を形成する上で非常に大切なものなのです。


家事や仕事で忙しいときには、子どもの「自分で歩く!」に嫌気がさしてしまうこともあると思いますが、子どもの脳の活性化や”見る”力の形成において重要なステップなんだと思えば、少しは心に余裕をもって見守ることができませんか?

子どもの「自分で歩く!」に全部付き合うのはなかなか難しいですが、お散歩のときや帰り道など、時間に余裕があるときにはできるだけ望み通りにさせてあげたいなと思います。

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